果たして労働者にとってフレキシブルワークは良いことばかりなのか?

SkypeGoToMeetingSlackなど誰にでも使えるテクノロジーの普及で、欧米ではリモートワークがますます盛んになっています。そしてこのトレンドは確実に日本にも広がりつつあります。

米国では、ミレニアルズ(米国版ゆとり世代)の95%が、時折オフィス外で働くことを望んでいると言われます。また77%のミレニアルズが、フレキシブルな労働時間は生産性を上げると信じています。

このように欧米の職場に進出しているミレニアルズには、高い給与よりもワークライフバランスを重視する傾向があるため、今後より多くの企業が、従業員に在宅勤務やリモート雇用の機会、もしくは週に数日はオフィスの外から働けるような、ある程度のフレキシビリティを提供すべきだと推奨されています。

フレキシブルワークとは

フレキシブルワークとは、「ワーカーが自らのスケジュールをある程度自由にコーディネートでき、雇用者が一日の最低/最大労働時間数や、全従業員が出勤すべきコアタイムを設定する権限を持つことが契約書に記されたワークスタイルである」と定義されています。実際には、労働時間は9時~5時までのように固定されない業務時間や、在宅勤務、リモートワークなどがこれに含まれます。

言うまでもなくフレキシブルワークには、勤務時間に縛られないこと、ラッシュアワーに悩まされないこと、自分のライフスタイルに合わせた働き方ができることなど、数多くの利点があります。

そのためフレキシブルワークを扱う大半の記事は、このような利点を強調したものです。もちろんフレキシブルワークの問題点に触れたものもありますが、それらは問題をどう解消すればよいかのヒントとして書かれ、フレキシブルワークが将来の労働スタイルだという方向づけがなされています。

しかし物事には利点と欠点があるもの。ここではあえて世界的なワークトレンドであるフレキシブルワークの負の面に注目して考察します。

デジタル時代の信頼関係

フレキシブルワークには「信頼とモラル」というあまり取りざたされていない、根本的な問題があります。それが顕著に表れるのが、オフィスから離れて働くリモートワークの場合です。

いかに技術の進歩がリモートワークを便利にしても、人間同士が信頼し合うという能力は、技術の進歩ほど向上しません。「どんなハードワーカーでも、上司はリモートワーカーを心の底からは信用しないものだ」という意見があります。こう主張する人は「あなただってリモートワークの同僚をそれほど信頼しないでしょう」と言うのです。

「組織の信頼は、デジタル時代向けに設計されていない」と言いきるのは、オックスフォード・ビジネススクールの経済学客員講師レイチェル・ボッツマン氏です。組織内の人間間には信頼関係があるものです。相手を理解したり、相手の立場を推しはかることは、顔を突き合わせていれば普通にできることです。

「デジタル時代は〝共感への攻撃″をもたらした。それが私たちに、他人の状況を理解することを困難にさせている」と、マサチューセッツ工科大学の技術と自己に係わるイニシアチブ・ディレクターのシェリー・タクル氏は主張します。

相手の言葉のニュアンスを理解したり、グループ内の人々の気持ちを育んだり、上司や同僚を知り尽くして、彼らが力相応の仕事をしてくれるという確信を、電子メールやテキスト送信アプリが、私たちに忘れさせているのです。一緒に働く人の間の「暗黙の信頼」を減らしているのです。

フレキシブルワークが生み出すボーリングアローン現象

次にフレキシブルワークが社会へ与える影響に疑問を投げかけるのは、スタンフォード大学のクリストバル・ヤング社会学助教授。このようなワークスタイルの行く先は、人と人の繋がりの希薄な社会になるのではないかと、危惧しています。

この状況を的確に表したのが、ハーバード大学のロバート・プトナム教授の著作「ボウリングアローン‐米国社会資本の衰退」です。

この本は20世紀後半の人間の社会への関与、人間同士の繋がり(米国社会資本)の減少について言及した内容となっています。

30代の米白人会計士が、ボウリングリーグで知り合ったアフリカ系米国人の老人に、自分の肝臓を寄贈するエピソードが紹介されていますが、この本の出た2000年には米国にボウリングリーグはすでに無く、独りでボウリングをするようになっていました。それによって、ボウリングリーグを通じた人種や年齢、職業を超えた交流の機会や他人を助けるような愛他主義も失われてしまったということであり、ボーリングアローンとは、そうした孤独なボーリングからつけられたタイトルなのです。

つまり、フレキシブルワークも同様に人と関わる機会が減ることによって、人と人の関係性が希薄化する可能性を秘めているということです。

リモートワーカーを監視するテクノロジーと、仕事から離れられない労働者

テクノロジーを駆使することで遠隔でも連絡や業務がこなせる新たなワークスタイルにも、一長一短があるようです。

そうした現代のテクノロジーは〝雇用者が絶えず従業員を監督するためのもの″だと論じる職場心理学者がいるほど、いつでも・どこでもコミュニケーションがとれる利便性の高さが逆に業務時間をあいまいにさせ、拘束してしまう傾向にあるようです。

それによって一日24時間入ってくるメールに返答してしまう、あるいは夕方の一定時刻に業務を〝終える″ことが一番難しいと感じるリモートワーカーの証言も多いそう。

さらにロンドンのThe Future Work Centre調査結果は、こうした「絶えずオンでいなければならない」と感じることが、労働者の精神を蝕む恐れがあることを示しています。

オートメーションやITの発達で、伝統的なホワイトカラーの仕事が減るのではないかという社会的信仰も無視できません。この懸念のために、欧米では労働者がフレキシブルワークのオファーを受けても、あえて出社して来る例が見られるそうです。彼らは出社していることが、仕事を失わないための一番の安全策だと感じているのでしょう。

フレキシブルワークによって生産性増、離職率減の効果も

最後にフレキシブルワークにおいて、具体的にどれくらいのフレキシビリティが必要かと言うと、多くの労働者にはコアタイム以外の数時間のフレキシビリティが与えられるだけでも、生産性を上げるのに十分だと言われています。

英国ワーウィック大学の研究結果では、満足した労働者の生産性が12%上がったとされており、ハッピーな労働者は、効率よく時間を使い、労働の質を下げずにペースを上げて働くということが分かりました。。

スペインの大手公益事業Iberdrola社では、労働時間を「昼休みなしで午前8時から午後3時まで」か「伝統的な2時間の昼休みを含む、午前9時から午後7時まで」から選べるようにしたところ、従業員の満足度が上がり、中途退職者が減って、9割の労働者が5年以上会社に留まるようになったそうです。これは、従業員に自分の時間を制御するフレキシビリティを与えた成功例と言えるでしょう。

シャヴィット・コハヴ

中東のシリコンバレー、イスラエル在住。同時逐次通訳・翻訳業とジャーナリズムに携わる。邦訳書3冊。

通訳者とビジネスコーディネーター仲間で作る、日イ・ビジネス応援サイトを運営。日本語での執筆がもたらす新しい出会いが楽しいこの頃。