日本人の“労働を尊ぶ伝統”がワークライフバランスを阻害する。

「あなたはワークライフバランスがとれていますか?」

この質問にたいていの人は「とれていない」と答えるのではないでしょうか。

「ワークライフバランス」という言葉が耳慣れたものになっているにもかかわらず、実践できている人がなぜ少ないのか、ワークライフバランスという考え方が生まれた背景や海外事情なども交えて探ってみました。

ワークライフバランスの夜明け

仕事と私生活の二分法は、米ジャーナリストのポール・クラスナーによると19世紀半ばに当時の人類学者が、「幸せとは、仕事と余暇の分離を保つこと」と定義したことから始まったとしています。

その後、「仕事と個人生活とのバランス」という意味合いで「ワークライフバランス」という言葉が70年代〜80年代にかけて英国や米国へと広まっていきました。

特に米国においては、産業構造の変化によって女性労働者が急増。これによって女性の「子育てと仕事の両立」という問題が生まれるようになりました。それに加え、米国では終身雇用といった概念がなく、スキルアップに充てる時間の確保が必要とされることもあり、90年代に入った頃には男女問わずワークライフバランスを重要視するようになりました。

数年遅れて日本でも広がり始める

一方、日本では80年代の高度経済成長が続いたこともあり、自分の時間の全てを仕事につぎ込むことが労働者の理想だとされていましたが、バブルの崩壊によって景気が停滞。

これによりもう会社だけには頼れないという風潮が生まれたことに加え、少子化や高齢化、産業の知的労働化も相まって、女性労働者が徐々に増え始めました。

これがきっかけとなり、ようやく日本にもワークライフバランスへの認識が生まれてきたのです。

ちなみに、英語で「work life balance」とウェブ検索すると約4億3200万件、日本語検索では約239万件の検索結果(執筆時時点)が表示されます。このことからも、ワークライフバランスのありかたについて考えている人がいかに多いかということがわかるはず。

ファーストレディすらもワークライフバランスを重要視している

中でも人一倍多忙であろう政治的リーダーや企業家などは、ワークライフバランスを確立するためにどんな考えをもっているのでしょうか。米著名人のワークライフバランスに関する発言を以下でご紹介します。

ヒラリー・クリントン氏

”キャリヤをもつことと、人生をもつことを混同してはいけない”

米国大統領候補として注目を集めたヒラリー・クリントン氏ですが、忙しいからこそ”人生のための時間”が必要と考えているのかもしれません。将来、回顧録を出す時には、ぜひこの点にも触れてほしいものです。

ミッシェル・オバマ氏

“特に女性は、体と精神の健康に気を配らなければなりません。なぜなら、私たちが諸事に駆け回っていたら、自分のケアをする時間が無くなってしまうから”

第44代米大統領バラク・オバマ氏の妻であり最も身近な支援者でもあるファースト・レディだからこその説得力ある言葉です。

マリッサ・マイヤー氏

“望むことの全てを得ることはできないが、本当に重要なものは得ることができる”

米Yahoo!のCEOマリッサ・マイヤー氏の発言です。最近で言えば、事業の一部売却など、大胆な事業戦略が話題に挙がりました。そんな彼女だからこそ大事なことにターゲットを絞れば達成できるという、アドバイスにも思える発言です。

ドリー・パートン氏

“人生を作り出すのを忘れてしまうほど、生活費を稼ぎ出すことに忙しくなってはいけない。”

ドリー・パートン氏は、米国のシンガーソングライターで、カントリー史上最も称賛されている歌手。また、女優や事業経営者としての顔も持ち、ワークライフのアンバランスによって本来向き合うべき自分の人生を忘れてしまわないようにという発言。

ミハエル・トーマス・サナーボーグ氏

“人生での活動が、分裂ではなく、統合されていることを知るところから、真のワークライフバランスが始まる”

米ハフィントンポストブロガーのミハエル・トーマス・サナーボーグ氏の言葉で、仕事と私生活を分けて考え、どちらにどのくらいの重きを置けば完璧なバランスになるのか、というワークライフバランスの考え方とは逆行した発言と言えます。

日本における問題は伝統と国民性

前述したように日本のワークライフバランスへの認識は、欧米に比べて、数年遅れているのが現状です。

その背景には「そんな甘いことを言っていては事業に成功できない」、「成功した企業家やアスリートに、そんなことを提唱している人はいないだろう」という日本人の勤勉さと労働を尊ぶ伝統が、根強く残っているように思います。

そんな中、日本でも働き方を変えるという試みは、女性から生まれてきているようです。約32万部を売る30代向け女性人気ファッション誌「VERY」の編集長、今尾朝子氏は、ハードワークな編集現場での経験から体を壊してまで働くようなことを、部下にはさせたくないという思いでワークライフバランスを意識した働き方を自ら実践。1児の母である彼女は早朝に起きて、遠方の保育園に娘を預けてから出社。夕方の就業時刻にもきちんと退社する姿を見た部下の意識も変わりつつあるそうです。

もともと読者に向けて「半歩先」の提案をし続けてきた彼女だけに、自らも半歩先の働き方を実践しており、今尾氏は、日本におけるワークライフバランスの現状についてこのように述べています。

「両立なんて今の日本じゃまだまだできない。頑張って仕事する女性は、脱落するかどうかのギリギリでやっている。」

さらに、このおかしな現状を、この先も自らの雑誌を通して発信していくと言います。

働き方を変えてみた 「VERY」編集長・今尾朝子さんより

まとめ

このワークライフバランスにおいて、議論の中心に女性がいるということ。妊娠や出産、育児といった女性ならではのライフイベントがあるからこそ、仕事と私生活のありかたについて考える必要性があるということが米著名人の発言からも伺い知ることができます。

日本でも働き方の多様化や、ワークライフバランスについての考えが少しずつ増えている中で今後のモデルケースを作っていくのは女性たちなのかもしれません。

シャヴィット・コハヴ

中東のシリコンバレー、イスラエル在住。同時逐次通訳・翻訳業とジャーナリズムに携わる。邦訳書3冊。

通訳者とビジネスコーディネーター仲間で作る、日イ・ビジネス応援サイトを運営。日本語での執筆がもたらす新しい出会いが楽しいこの頃。